まぼろし  


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この映画のテーマはズバリ喪失感であろう。
自分の目の前からある日突然、忽然と消えてしまった愛する夫。
あまりに深い絶望の中で、幻想と現実の間を行き来するヒロインの哀しみ、虚無感を、
老いてなお美しいデカダンス女優、シャーロット・ランプリングが熱演している。

b0093261_22213457.jpgシャーロット・ランプリングといえば1973年、映画『愛の嵐』で、
サスペンダーの官能美を世界中に知らしめ、ザンギリ頭で倒錯的な雰囲気を醸し出し、センセーショナルな“愛の形”を表現していた。



マリー(シャーロット・ランプリング)とジャンは結婚して25年の仲のいい夫婦。
会話の少ない夫婦だが、ふたりの間には幸せな時間が静かに流れていた。
毎年夏が訪れるとふたりでフランス南西部のランド地方の別荘へいく。
美しい海が広がる砂浜で、ジャンは優しい手つきでマリーの背中にオイルを塗る。
「ちょっと泳いでくるよ」とジャンは海へ。
マリーはうとうととまどろんでいた。
目が覚めるとジャンの姿が見えない。
そのうち戻ってくるだろうと、本を開くが気もそぞろだ。
心配になったマリーはジャンを探しに海へ。レスキュー隊も出動し、大掛かりな捜索を開始するもジャンは見つからない。
事故なのか、失踪なのか、自殺なのか…。
なにひとつ手がかりがないまま、ジャンは姿を消したのだった…。

ジャンがいないまま、普段の生活に戻るマリー。
ジャンのまぼろしを追いかけ続けるマリーの哀しみは、喪失の海の中で静かに揺れていた。

この映画は、愛するものを失った経験のある人なら、体の隅々まで享受できる映画ではないだろうか。
私自身まだその経験がないので、マリーの痛みを実感することができない。
もっと歳を重ねてからこの映画を観ると、もっといろいろなことが見えてくるのではないかと思う。
さまざまな経験を重ね人生の晩秋を迎えたとき、この映画は静かに自分の中に満ちてくるような気がする。
ヨーロッパの映画らしく、淡々とマリーの日常を映し、セリフも多いわけでもなく、雰囲気で魅せつつ観る側に委ねているような映画であり、「マリーは現実を受け入れることができなかった」のか「マリーはすべてを受け入れることができた」のか、最後まで謎に満ちている。

「まぼろし」
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by fonda127 | 2007-02-20 00:06 | 映画 ▲Top
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